こんにちわ

当院のホームページにアクセスしていただきましてありがあとうございます。暑い夏が過ぎ、やっと過ごし易い日がやってきたと思えばゲリラ豪雨、台風による被害が連日のように報道されていますが、皆様いかがお過ごしでしょうか。?、被害に遭われた方、心よりお見舞い申し上げます。
さて、今回は2度目の豊岡時代のお話です。
平成13年11月1日付けで、またもや公立豊岡病院に勤務することとなりました。舞鶴での引き継ぎをぎりぎりまでしていましたので、2,3日の余裕がなく、引っ越しの片づけや挨拶まわりなどでばたばたしていました。今回の官舎はなんと2階建ての新しい一軒家に住むこととなりました。この官舎は、以前に勤務していた時に新婚生活をおくるはずの官舎でしたが、官舎がたりないということで、ある先生に譲った官舎だったんです。そして、たまたま、同時期に引っ越しされたので私が住むようになったのです。その時思いました。いいことをすれば、回りまわって自分に返ってくるんだなと。
医長もさすがに1日からの出勤でいいよと言ってくれました。しかし、10月31日その医長から麻雀の誘いの電話があり、豊岡での最初の仕事はなんと接待麻雀となってしまいました。
以前に勤務していた時は、一番ぺいぺいでしが、今回はなんと副医長という肩書もついたNO2として、後輩2人を指導する立場となってしまいました。まだまだ発展途上人である私なんかでいいんでしょうか?そんなこと考えている余裕もなく、後輩2人、医長と私の4人でチームとして治療にあたっていました。
以前に勤務していたときよりさらにバージョンアップしていて、外来患者数、入院ベッド数ともに増加傾向にあり、もちろん手術件数も増えていましたので、前以上にばたばたしていたような覚えがあります。
赴任して間もないころでしょうか、病院スタッフでフットサルチームを結成しようという動きがでてきたのは。もちろん一員として参加させていただきました。週1回、近くの体育館で仕事を終えた部員が集まって練習していたものです。私は、子供と一緒にお風呂に入るため、早めに切り上げて帰ってましたけど。
そして、年に一度、7月に神鍋高原でフットサル大会が開催され、毎年参加していましたが一次リーグ戦でいつも敗退していました。他科の先生を含め、いろいろな部署のスタッフと交流ができて本当に楽しかったです。
8月1日には豊岡やなぎ祭りが開催され、駅前通りをはっぴ姿で、豊岡音頭?だったと思いますが、その音楽にあわせて踊っていました。その後の打ち上げがまた楽しく、汗をかいた後のビールは最高でしたね。そして、2日には円山川での花火大会、まじかで見物できたので、打ち上げの音、花火の美しさ、心に響きました。
秋には、大石りく祭りが開催され、娘も稚児行列に参加したものでした。大石りくはかの有名な忠臣蔵の大石内蔵助の妻で、豊岡出身なんです。えらそうに言ってる私も知りませんでしたけど。
冬は、大雪と凍てった道路と毎日格闘していました。朝は玄関とガレージ前の雪かきから始まり、帰ってくるとまたガレージ前の雪かきといった具合です。
 冬の神鍋高原は一面雪景色でスキー場も何か所かあり30分ほどで行けました。私は初心者でほとんど滑れないのですが、妻と両親はかなりの腕前でして子供と一緒に指導していただきました。しかし、年をとってから始めたものですから未だに上達せず、うれしいやら悲しいやら、いまでは子供の方が上手に滑るようになってしまいました。
そして、冬といえば日本海のかに、久美浜の牡蠣、おいしい日本酒、本当においしかったです。そのせいか、γGPT、尿酸値、BMIがじわじわと右肩上がりになってしまいました。
そして、4年半が過ぎたころでしょうか、新任の教授から赴任の話があったのは。豊岡病院を辞める時には医局を離れて京都に帰ろうと思っていましたので転勤の話をお断りしましたところ京都から通勤できる病院に赴任できるよう配慮していただけるとのことで結局、医局に残ることとなりました。
そして、大津赤十字病院のポストが急にあいたとのお話をいただきまして、平成18年10月から赴任することとなりました。
前回の勤務期間を合わせると7年数か月間豊岡に住んでいましたので、福岡に続く第3の故郷となりました。この7年間は私にとって仕事面でもプライベートでも人生の中で一番充実した7年だったような気がします。
ここで、ちょと余談ですが、赴任して3年目の秋だったと思いますが、台風23号にため円山川決壊による水害に遭いました。豊岡市内ほぼ全域にわたって浸水し、病院も浸水してしまいましたが、幸い官舎は少し高台に建っていましたので浸水は免れました。翌日、歩いて病院に行きますと、ガレージはため池状態となっており、ボートで職員や患者さんを送り迎えしていました。そして、町全体が泥まみれ状態でした。昨日、京都の桂川、鴨川の氾濫よる水害の報道を見まして、他人事とは思えず、本当に心よりお見舞い申し上げます。
さらば豊岡。いざ、京都へ