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あっという間に開業して5か月が過ぎてしまいました。まだまだ、上昇気流には乗り切れていませんがなんとか頑張っています。さて、前回の続きで麻酔科時代のお話です。
平成8年4月1日より京都大学医学部付属病院麻酔科に研修医として勤務することとなりました。麻酔科には、外科系の各科から1名ずつ半年交代で研修に来られており、ちまたでは「ローテーター」と呼ばれていました。一緒に入局したローテーターの先生方はほとんど2年目の研修医で、右も左もわからない状態でしたのでお互いに情報の交換などして助け合いながら日々過ごしていました。小さな症例からはじまって、徐々に慣れてくると大きな症例を担当するようになり、生体間移植術にも麻酔科チームの一員として参加させていただきました。当時、移植外科が立ち上がったばかりで何もかもが初めてということもあってか、大変だったようです。ぺいぺいの私は指導医から言われたことをやるだけでしたが。指導医の先生も含め、本当にいい先生ばかりで、時には勉強会と名の飲み会もやっていました。もちろん、看護師さんとも仲良くさせていただき、飲み会やカラオケ、祇園祭に繰り出したりもしていました。楽しいことばかりではなく、仕事でヘマをして落ち込んだこともありましたが、他科のいろんな手術をみることができ、また、気管内挿管はじめとするいろんな手技の取得、全身管理の基本などを勉強できたことを本当に感謝しています。あっという間に7か月間の麻酔科研修が終了し、次に3か月間と短い期間ですが、ICUでの研修が始まりました。ICUでは、毎日検査の繰り返しだったように思います。
脳波、気管支ファイバー、心電図、レントゲン撮影、血液検査などのデーターを収集し、毎日そのデータをもとにカンファレンスが行われていました。手が空いているときには、手術室の麻酔のお手伝いや、救急処置室で挿管などのお手伝いもしておりました。
思いで深いのは、1回/周の某病院での当直のアルバイトでした。全く知らない病院の麻酔科の医局で寝泊まりし、緊急手術に対応しておりました。当然、研修医ですので、麻酔科の部長が自宅で待機されており、依頼があれば部長に連絡し、到着されるまでの間に術前診察や、手術室の準備などをしておりました。病棟を探しあてて、カルテ診察、あるいは主治医からの情報をもとに患者さんの状態を把握し、部長に報告をしなければなりませんでしたので、神経を研ぎ澄ませながら仕事をしていたように思います。実際、緊急手術のあとはあまり眠れなかったのを覚えています。アドレナリン大量放出による興奮状態だったのかもしれません。
そして、その年も暮れようとした頃、私の赴任の噂を耳にしたのでした。それも、私が勤務したいと思っていた、な、な、なんと公立豊岡病院だったのです。折を見て、教授に確認のために会いにいき、そして、「豊岡病院への赴任は本当でしょうか?」との問いに、教授は「そや、言うのを忘れとった。すぐに、○○先生と連絡をとるように」と返事をいただきました。その瞬間、1月末日麻酔科の研修の終了直後の2月1日付けで、豊岡病院への赴任が決定したのです。いざ、豊岡へ

続きは次回へ