こんにちわ

当院のホームページにアクセスしていただきましてありがあとうございます。寒い冬が過ぎ、やっと新緑の季節がやってまいりました。開業から1年近くなってまいりましたが、なんとか頑張っています。
さて、今回は舞鶴時代のお話です。
平成11年4月1日付けで市立舞鶴市民病院に勤務することとなりましたので、3月末頃に東舞鶴に引っ越しをしました。引っ越し前にどんな官舎か気になったものですから合鍵を前もって送ってもらい下見にいきましたところ、住宅街の一角に7,8軒の平屋の官舎が並んでおり、しかもかなり古く、指定された官舎に入ってみると、もう何年も誰も住んでいない廃屋状態でした。あとで聞いた話では、その官舎の土地は借地で、舞鶴市に返還する予定であっため、新たな入居は避けていたとのことです。実際、私が入居したときは、2,3家族しか住んでいませんでした。たまたま新しい官舎がいっぱいで、その官舎しか空いていなかったとのことです。またまた不運でした。
引っ越しまでには何とか内装のほうはきれいにしていただきましたが、なかなか、後でトラブルが・・・・・。庭の垣根は朽ち果てており、周囲には雑草が生い茂り、変な虫がはびこり、台所の窓にはやもりがべったり、ベランダの物干し竿に蛇がぶらり、給湯器が故障しお湯が出なくなったり、おまけにトイレは和式だし。妻は引っ越ししてすぐにここから引っ越ししたいと言っておりましたが、住めば都?いや、慣れ?いや、あきらめ?でしょうか、しばらくするともう言わなくなっていました。
舞鶴市民病院歯科口腔外科は、私が赴任する半年ほど前に標榜したばかりで、まだ、産声を上げたたばかりの新規の科であり、勤務医も1人でしたので休む間もなく引き継ぎに行かなくてはいけない状態でした。幸い前任の先生は、開業のため退職されるとのことでしたので、4月に入ってからも数日間ご指導していただきましたので本当に助かりました。ただ、口腔外科といっても、市民病院での診察は、木曜日の午後診のみでその他の時間帯は宮津市と西舞鶴の境にある診療所(分院)の歯科に勤務することとなり、東の端から西の端まで車で40分かけて通勤しておりました。診療所ではむし歯治療などの一般歯科の治療が多かったので、大学卒業後、歯をほとんど削ったことのない、ましては入れ歯など作ったこともない私は教科書を片手に、時には予め自分で削って作成した模型を見ながら治療していました。
市民病院での患者数はまだまだ少なく、知名度や紹介率のアップのために歯科医師会、医科系の開業医の先生などとの会合やゴルフコンペなどに参加したものでした。それが効を奏したのか、患者数は徐々に増えていき、狭い診察室で、チェアー1台、衛生士1人、受付(看護師)1人でなんとか事故もなく、午後診だけで1日分の診察をしていました。いつも終わってみれば遅い時間帯になっていて、スタッフには本当に申し訳なかったです。そうこうしている間に1年がたったころ、このままの状態ではいけないと思い、市民病院での診療時間帯を増やしていただこうと院長に直接上申したところ、医局長の計らいもあってもう1日午後診の確保ができました。しかし、状況は変わりなく、さらに半年後、もう一度、上申したところ火曜日以外の曜日の午前から午後までの時間帯を確保できました。
赴任当初から思い続けていたことが何とか現実となり、やり遂げた充実感を覚えています。
朝早くから入院患者を診に病院に行かなくてすみますし、通勤時間も5分になりましたので体的にはだいぶ楽にはなりました。その頃でしたでしょうか、二人目の新しい命が宿ったのは。一人目の時は出産前1か月間入院したこともあり、また、看護師の仕事をしておりましたので、十分に気を付けるようにはしておりましたが、ある朝、勤め先の病院の産婦人科から口腔外科外来に電話があり、「奥さんが、緊急入院となりました。」と。出産までの4か月間の入院生活が始まったのです。5月1日あさがたに、母子ともに無事に出産を終えたとの連絡があり、安堵したのを覚えています。そして、1か月後家族4人の生活がスタートしたのです。
しかし、それもつかの間で、夏ごろだったでしょうか、豊岡病院の医長から「豊岡病院に戻ってくるつもりはないか」との連絡があり、もちろんできることであれば戻りたいと返事をしました。そして医長が教授にかけあってくれたようで、11月1日付で、再度、豊岡病院に赴任することとなりました。
ここで、少し舞鶴の観光スポットを紹介しようかと思います。
私の住んでいた官舎から車で5分程度のところに、青葉山ろく公園があり、大きな迷路や滑り台、広場などがありよく子供をつれて遊びに行きました。春には、舞鶴共楽公園での花見会、夏には、舞鶴ちゃった祭りの花火大会、野原海水浴場でのBBQなどを楽しみました。誰かが訪ねてくると必ずと言ってもいいぐらいに連れて行っていた、舞鶴引揚記念館(ここでは「岸壁の母」がいつも流れていました)、27号線沿いの自衛隊桟橋、そして、西舞鶴に向かう途中にある五老スカイタワー展望台、田辺城址公園、最後に舞鶴とれとれセンターでお土産を買って帰っていただくというパターンでした。
2年7か月と短い期間でしたが、仕事も自分の出来る範囲で頑張れたと思いますし、気の合う友人たちにも巡り会えましたし、とても充実した時間だったと感じています。
さらば、舞鶴、いざ豊岡へ。